富士山登山で気づいたこと、「真心」は「愛ある夢」だということ!!

昨日、3泊4日に渡る富士山0号登山とそのあとの合宿を終えたのりけんの二人。

僕も今日は日常に戻って、久しぶりにビジネスモードで頭を使った感じ。

富士山を見ると。

 

「ようこんなでかい山登ったな〜」

 

と感慨深くなっていました(笑)

 

今回の富士山登山は、先月7月9日に亡くなったおかんが病床で何度も言っていた「真心が一番」という夢(?)を、天が一番近くなる旧暦の七夕の日に山頂に届けたいという想いから始まりました。

 

 

※書いたのはカミさんののりこです

 

本当にいろんな経験をさせてもらった登山になったけど、最後は本当に足が動かなくなりながら、山頂におかんの夢を届けることができました。

 

 

真心が一番

 

おかんの言葉をテーマに、富士山登山、下山、そして次の日の合宿を終えて感じたことは、

 

おかんの言っていた「真心」が何かは、本当のところはわからないけれど、

 

登山中の苦しい時を支えてくれたものは、

 

のりこ

仲間

楽しいこと(歌、景色、会話、食べることなどなど)

 

でした。

山頂で、

 

「お母さん、産んでくれてありがと〜!!」

「わっしょい!!!!」

 

とみんなで叫んだ時に、何とも言えない嬉しさと感動を覚えた。

 

「ああ、0合目登山をしてよかった!!!!」

 

心の底からそう思える体験をさせてもらった。

 

なぜそんな気持ちになれたかというと、わかりにくいかも知れないけれど、それは僕が「愛ある夢」の中にいたからだと思う。

 

「こうはなりたくないから」

「みんなが良いと言うからこれをやっておこう」

 

という、マイナスの気持ちや、社会や誰かの想いから出てくる夢ではなくて、

 

「旧暦の七夕に日本一高い富士山の頂上におかんとおかんの夢を持って行きたい!!!!」

 

そんな、

 

「なんかよくわからんけど、これがしたいんや!!!!」

 

意味、条件、理由のない

それでいてみんなに応援されて、その夢へと進む道が楽しくて仕方ない

 

そんな夢。

それが僕の中での「愛ある夢」。

 

たくさんの仲間との関わり、大変な経験をさせてもらう中で感じた僕の中での「真心」はそんな「愛ある夢」だった。

これが正しい「真心」かどうかなんてわからないけれど、おかんが命をかけて伝えてくれたのは、「愛ある夢を生きること」だと直感した。

そして僕が書いた夢ハンカチがこちら…

 

※字がのりこの方がうまいのはご愛嬌…

 

何が正しいかなんて、僕にはわからない。

 

でも、僕の人生を面白くしてくれる

 

のりこ

仲間

楽しいこと(歌、景色、会話、食べること)

 

が一番輝く時は、僕が「愛ある夢」に生きている時。

 

だったら、思う存分「愛ある夢」の中を生きてやる!!!!

 

そう感じました。

 

そして、

 

自分の死を受けた息子が

仲間と一緒に

天に一番近い日に

日本一高い富士山の頂上で

「わっしょい」してくれる

 

岩井かおり(おかん)はホンマに幸せなやっちゃな〜

 

と感じた。

 

これからも毎日、僕は自分の命を生き切ったおかんに手を合わせるだろうけれど、今回の登山で1つの区切りをつけることができました。(応援、ご協力いただいたみなさん、ありがとうございました!!!!)

僕が「愛ある夢」を生き続ける限り、おかんは死なないし、おかんの「真心」と繋がることができるのだと思う。

 

お母さん、産んでくれてありがとう!!!!

俺は俺の「真心」を大切に生き切るで !!!!

 

毎日わっしょい❤️のりけん祭り❤️